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あの日に始まる物語  


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仮借(かしゃく)



「仮借(かしゃく)」とは

「 音はあるが当てるべき漢字のない語に対して、同音の既成の漢字を意味に関係

なく転用するもの 」とデジタル大辞泉(出典:小学館)にあります。


「仮借(かしゃく)」=「当て字」と考え、例①②を見てみます。


(例①)

巨勢山乃 列々椿 都良々々尓 見乍思奈 許湍乃春野乎 (万葉集1巻54番歌)

こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのばな こせのはるのを

(例②)

河上乃 列々椿 都良々々尓 雖見安可受 巨勢能春野者 (万葉集1巻56番歌)

かわかみの つらつらつばき つらつらに みれどもあかず こせのはるのは



例① にまつわる 個人的な 体験から、この 物語をはじめさせてください。


*************************

私が例①の歌に出会ったのは今から22年前の冬。21世紀初の12月でした。

次のような経緯です。


1.西暦2000年11月27日。

地元(福岡市箱崎)の古書店で1世紀前の絵葉書に出会う。

( 小学生の男児に宛てた世界各地からの風景絵葉書で、心温まる通信文が付い

ていた。散逸が惜しまれる史料に思え、差出人が誰なのか調べてみた。

絵葉書の署名は「父より」。1枚だけ妻と子に宛てた絵葉書が混じっていた。

その絵葉書にだけ草書(くずした書体)で差出人の名があった。


図書館で海外渡航者記録を確認。該当者はいなかった。


2.  2000年12月6日

福岡市総合図書館2F。教育者名鑑に該当者を見つける。

帰りに絵葉書を買った古書店へ立ち寄る。新たに古い2枚のスナップ写真が見つ

かる。1枚の宛先は妻と子で、草書(くずした字体)で差出人の署名があった。

もう1枚は子に宛てたもので、通信文は「ダレダカアテテゴラン 父ヨリ」。


最終的に見つかったのは60枚の世界各地の風景絵葉書(通信文あり)と、2枚の

スナップ写真(通信文あり)。合計62枚。関係すると思われる土地の教育機関や

図書館へ手紙で照会をする。



3.  2001年9月

皆様のご協力で絵葉書差出人の*出身地が 巨勢村(佐賀県)であるとわかる。

(*参照:佐賀県立図書館 郷土資料)

   
4.2001年12月上旬

1年間調べ、結果を携(たずさ)えて母校の大学へ相談に行く。

(母校と言っても、私は事情で自主退学し民間通信教育で学んだため、

教官の指導のもとにリサーチをした経験がありません。収集情報を活用したフィ

ールドワークの手順がわからなかったので、4分の1世紀前に在籍した学校へ

助言を求めに伺いました。)


「僕なら巨勢(こせ)へ行きますね。お墓があるかもしれないでしょ」


事務室で来訪目的を告げると、一人の教官が面会してくださり、アドバイスを

くださいました。


例①の和歌に出会ったのは学校から自宅へ戻る途中です。

(巨勢・・・巨勢・・・う~ん。金銭的な余裕があったら行けるけれど・・・

県外か・・・近場の旅でも交通費を考えると難しい・・・)


私は思案しました。自転車操業なので。


(う~む・・・私に実行可能なのは机上リサーチまで。ここが限界。取りあえず、

今まで多くの皆様にお世話になったので、新しい便箋(びんせん)と封筒を買い

進捗(しんちょく)報告を礼状にしたためよう!・・・巨勢には行かない。ここ

で終止符を打とう。)


と考えて文具店に入りました。


手紙用品のコーナーに立つと、目の前の便箋(びんせん)に例①の和歌が印刷

されていました。(漢字仮名まじりの読み下し文でした。)


例①は 奈良地方 の土地褒(ほ)めの和歌。佐賀地方で詠まれた歌ではありません。

しかし、私の脳はみごとに「バグ」りました。「巨勢」村が懸案事項だったので

脳が誤作動をしたのでしょうか。


(・・・えっ・・・何、これは。)

目の前に見たことがない光景が一瞬 浮かんだのです。清々(すがすが)しい春の野。

文具店の棚ではなく。

(・・・どうなっているの?)と、私はあっけにとられました。


和歌の本質は、この国の古(いにしえ)の精神。和歌は音の「仮借」。一般の発想

ではない旅へと私たちを誘(いざな)う。(そう 聞いてはいるけれど、こ、これは

ないのでは?・・・)

と思いながらも、私は方針を変更。


(何だか良くわからないけれど・・・巨勢へ行ってみるとするか・・・)と。



2001年12月19日、箱崎駅からJR乗車。博多駅で乗り継ぎ。特急かもめ乗車。

「巨勢村」を探しに佐賀へ。所持品はオーバーのポケットに入れた紙片(福岡県立

図書館で複写した角川日本地名大辞典の「巨勢(佐賀県)」のページ)。

JR佐賀駅下車。大隈重信記念館、佐賀県立図書館、徴古館(ちょうこかん:佐賀の

鍋島家に伝来した品々を紹介する歴史博物館)へお邪魔させていただきました。


「このような経緯で佐賀へ伺いました。どうしたものでしょう」と現地の方に

悩みを打ち明けると、ある方が助言をくださいました。

「調べている人物と同じ苗字のお宅に電話しては?ご親族かもしれませんよ」

地元の地図や電話帳で必要な情報を得て、公衆電話から照会の電話をかけました。

最初につながったのが、絵葉書差出人のご親族のお宅でした。


2001年12月23日。 

19日は福岡市に戻り、23日にご親族のお宅へ改めて伺いました。

なお、私が地名辞典から複写した「巨勢(佐賀県)」のページについて、地名辞典

の編者のお一人は、偶然にも、公衆電話がつながったお宅のご当主でした。

ご当主は絵葉書差出人の旧宅や墓所へ連れて行ってくださいました。

今から22年前の話です。


以上が、話の発端です。


*****************************



翌年の冬のことです。

2002年12月の夜。絵葉書を購入した古書店から電話が来ました。

「あなたと同じ絵葉書をもっているという外国の方が店にいます」と。

駆け付けると、ティンガロンハットと格子柄の上着(ジャンバー)を身に着けた

保安官のような風貌の人物がポツンと一人立っていました。

彼はアメリカから来日した英語講師(ALT)で、のちに某新聞で「(自称)西日本一

の絵葉書コレクター」と紹介されたCさんです。


突飛な話ですが、当時、私は「世界の風景絵葉書」の第1回展示会を企画してい

ました。史料をシェアすることで、より多くの情報を集めるねらいでした。

無料の展示会場を探していたところ、大きな会場(アクロス福岡企画展示室)

が後援についてくださり、2003年1月に展示会開催の運びとなりました。

皆様のお力添えでトントン拍子に物事が進展。店内にも案内用ポスターを1枚

貼らせていただきました。それがCさんの目に留まり、古書店の方が私に連絡を

くださったのです。ポスターの絵柄は イスラム装束に身を包んだ男性のスナップ

写真(絵葉書加工)。「ダレダカアテテゴラン」という通信文がある珍しい絵葉書

でした。


Cさんは、その絵葉書のオリジナル写真の保管者でした。

他には1400枚超の(使用済み・未使用を含む)絵葉書と、絵葉書差出人の

パスポートサイズの証明写真、手帳、手書きの旅程表など。絵葉書は(差出人の)

名前が入った封筒に収納されていたそうです。Cさんは、それらすべてが入った

箱を福岡市内のオークションで数年前(1990年代末)に購入したそうです。

資料購入者で保管者でもあるアメリカ人のCさんと、このような経緯で出会いま

した。


年が明けた2003年1月上旬、福岡市中心部の天神アクロスで始まった「父が子に

宛てた世界の風景絵葉書」 第1回展示会は、インターネット、新聞、テレビの

ローカルニュースでも取り上げていただき、多くの皆様にご観覧いただきました。

また、会場でCさんと絵葉書差出人のご親族が顔合わせをする様子が某新聞で報道

されました。「父が子に宛てた世界の風景絵葉書」について新たな資料が集まり、

所期の目的を達成できました。


**************************************


下は、Cさんの絵葉書の1枚に書かれた通信文の内容です。



日本 東京府 豊多摩郡 落合村 字新田 〇〇〇〇〇様方

   〇〇〇〇(宛名人名)殿

****************************

タダイマ、シャンハイ ヲ シュッパンシ、ホンコントイフトコロニ、ユキマス、

勉強シテ、エライ人ニ、オナリナサイヨ、オヂサン、オバサンニ、ヨロシク

サヨーナラ 

            シナ、シャンハイ、*キタノマル ニテ 父ヨリ

             九月二十三日午後一時



*****************************


これは、小学生のご子息へ宛てた外国絵葉書の通信文です。

「父が子に宛てた世界の風景絵葉書」の現存する最初のもので、原文は縦書きです。



つづく          椿をめぐる物語 ねじれた和歌の謎

                     エピローグ

**********************************


追 記

ご訪問をありがとうございました。

万葉集第1巻54番歌と「世界の風景絵葉書」についてのエピソードをご紹介

させていただきました。

誤認やミス、引用先の不記載などがあると思います。お気づきの場合は

ご容赦の上、お差し支えなければサイト管理者へご教示いただけますと幸いです。

平素のご教示とご協力に感謝申し上げつつ。


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